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外為リアルタイムレビュー: 2010年6月20日バックナンバー

2010年6月20日バックナンバー

人民元高め誘導の再開で為替相場、日本経済への影響は?

2010年6月20日(日)15:31 written by 外為総研 植野

6月19日夜、中国人民銀行は人民元為替相場の弾力運用を示唆する声明文を公表しました。以下、現時点で入手可能な情報に基づき、今回の中国の意思決定の背景と今後の元相場の行方、他通貨市場や日本経済への影響などについて、簡単にまとめておきたいと思います。

【中国政府が元高誘導再開の意志表示を行った背景は?】
まず、中国政府がこのタイミングで元高誘導の再開を決めた背景ですが、中国人民銀行の声明文に指摘されているように、中国政府が世界経済及び自国経済の回復基調にある程度の自信を持ち始めたことが挙げられます。過去の中国の為替政策の運営状況をみると、基本的には自国の総需要管理政策の一環として金融政策と平仄を合わせて運用されている色彩が強く、「景気の拡大・過熱期に金融引き締めと自国通貨高容認」、「景気の後退・低迷期に金融緩和と自国通貨高誘導の停止」、という政策の組み合わせが採用され易い傾向が認められます。

最近の中国経済、金融政策の動きをみると、先の全人代で採択された中国の今年の経済成長率の目標は「実質8%」でしたが、1-3月期の成長率は既に前年比+11.9%とこれを上回る二桁前後の成長軌道に復帰しています。年明け以降の中国人民銀行の金融政策運営をみても、「預金準備の引き上げ」、「手形入札金利利の引き上げ」、「不動産融資規制の強化」など、本格的な金融引き締め政策に移行していく予兆段階の動きが出始めており、中国による人民元の高め誘導再開は「時間の問題」と見られていました。5月の世界同時株安の影響で中国政府の決断が多少後ずれした感はありますが、今月に入って世界の株式市場が落ち着きを取り戻してきたことや、下旬に控えるG20首脳会議での批判封じの目的もあって、このタイミングでの意思表示に踏み切ったものと思われます。

【早ければ明日から元高誘導再開も、元高誘導ペースは非常に緩やか?】
で、問題は今後のドル人民元相場の展開です。今回公表された声明文では人民元の高め誘導を始める時期や速度についての具体的言及は全くないので、こちらで勝手に推測するしかありませんが、こうした形で国内外にハッキリとした意思表示を行ったからには、それほど時間をかけずに「何らかのアクション」が伴う可能性が高いと思われます。早ければ明日の月曜日から、漸進的な元高誘導が約2年ぶりに再開される可能性も考えておく必要がありそうです。

ただし、その場合でも、実際の元高誘導の速度は非常に緩慢になるのではないでしょうか。現在の「管理フロート制度」の下で許容されているドル人民元相場の1日当たりの変動幅は「±0.5%」なので、中国政府が「やる気」になれば10営業日で5%、1年間で100%を優に超える元高誘導は可能ですが、中国の経済政策運営はあくまでも自国の都合を最優先して決められるため、中国の輸出産業に大打撃を与える急激な元高誘導が実施される可能性は、当面皆無に近いと思われます。

実際、現在の管理フロート制が導入された2005年7月21日から2008年秋頃までの3年間だけ実施されていた元高誘導の実績をみると、最初の1年目の元高は年率約1.7%、2年目は約5.0%、3年目は約9.5%となっており、弾力運用初期段階の元高誘導速度はかなり控えめでした。今後世界景気や中国景気が一層の過熱色を帯びてくれば、元高誘導速度がアップする可能性もありますが、恐らく当初は年間で数%程度になるのではないでしょうか。中国人民銀行の声明文中にも「人民元の大幅な切り上げの根拠は存在しない」との判断が明記されています。その場合、日々のドル人民元相場の変化は恐らく小数点以下二桁の微細なものになりそうです。

【ドル円相場への影響は?】
「人民元の高め誘導が再開された場合のドル円相場への影響」については、基本的に直接的かつ永続的な因果関係は希薄だと考えられます。2005年7月21日に中国政府が唐突に「ドルに対する2.1%の元切り上げ」と「管理フロート制」への移行を発表した時には、それが為替市場が動いている最中の平日の夜だったこともあって、市場は不意を突かれてパニックになりました。当時の為替市場では「同じアジア通貨なので元が値上がりしたら円も一緒に値上がりする」という思惑が喧伝されていたこともあって、元切り上げ発表直後の4時間でドル円は112円台から109円台へと約2.3%の円高で反応したこともありましたが、その後すぐに反発に転じ、人民元の高め誘導が続く中で約2年ぐらいドル円は円安基調で推移して2007年6月に一時1ドル=124円台まで上昇するなるなど、ドル円とドル人民元が恒常的に連動し続けることはありませんでした。冷静に考えれば、中国政府が強烈にコントロールして動かしている人民元相場と、変動相場制採用から37年以上が経過している円相場が長期間連動するという期待に合理的な根拠はありません。

明日以降のドル円相場において、今回の中国政府の発表が一時的に円高材料視される可能性は否定できませんが、中国による人民元の高め誘導再開については、昨年秋のオバマ大統領の訪中以来、既にかなり織り込まれていた感じがしますし、「2005年の人民元切り上げショック以降のドル人民元とドル円が必ずしも恒常的に連動していなかった」という事実から得た学習効果もあって、「人民元の高め誘導再開」がドル円相場において主役級の材料として扱われ続ける可能性は薄いと思います。

実際、近年のドル円相場は、ドル人民元相場に連動していた痕跡が希薄な一方で、米国景気・金融政策への期待の変化を投影して動く米国の2年債利回りとの連動性が極めて高いことが知られています。今回の中国政府の発表を受けて、米国景気が急速に悪化して米国の株価や長期金利が急落するというのならば、ドル円は円高に振れる可能性はありますが、基本的にそのようなことは考え難いと思います。

【長期的に見て元高が進む場合に恩恵を受け易いのは資源輸出国?】
上述のように、中国政府が元高を容認するのは基本的に世界経済の安定や自国経済の拡大に自信を深めている時期です。世界景気、中国景気が好調な時期に上昇しやすいのは、日本円ではなくむしろ資源国通貨なのではないでしょうか。あくまで一例ですが、今世紀に入って、代表的な資源輸出国通貨である豪ドルと中国の実質経済成長率の間には比較的綺麗な連動の形跡が認められます。

また、あくまで私見ですが、今後超長期的にみると、先進諸国を遥かに凌駕する勢いで中国経済が経済成長を遂げていく過程では、中国人民元は現在の1ドル=6.83元台から1980年代末期の1ドル=4.0元前後まで4割以上値上がりする可能性を秘めていると思います。世界最大の資源消費国の通貨が今後長期的にみて値上がりしていくということは、中国政府や企業の資源購入パワーの増大を意味しますので、直接的な恩恵を最も受けやすいのはやはり資源国経済だと思います。

【日本企業の経営や日本人の暮らしには好悪影響が複雑に及ぶ可能性】
「人民元の高め誘導再開」という報道に接し、我々日本人が長期的観点から本当に気にしなくてはいけないのは、「ドル円相場への影響」ではなく、「日本経済や私達の生活に対する影響」であるように思います。今後長期的に見て人民元の価値が上がっていくと見る場合、日本企業の経営や日本人の暮らしに良い影響と悪い影響が同時に及ぶと考えられるからです。

好影響としては、地理的に近い人口超大国の購買力が向上することで、中国人による日本製品への購買意欲の増大や、来日観光客数の増加等が見込まれます。人民元の価値がもしも今から更に4割も上がるなんてことになった暁には、銀座のブランドショップや秋葉原の電気街、あるいは日本の観光地などで、中国人のお客様や銀聯カードの存在感は一層増すようになるのかもしれません。また、世界市場で中国企業と競合する業種や日本企業にも「円安・元高」の恩恵が及んで、競争条件が多少緩和する可能性があります。

ただし、いいことばかりが起きる訳ではありません。考えられる悪影響としては、中国人の購買力向上が天然資源の落札価格高騰に拍車をかけ、資源獲得競争の場での日本の「買い負け」につながるリスクなどが考えられます。中国の購買力向上は資源輸出国にとっては朗報かもしれませんが、数に限りがあるものを中国と争って買わなくてはいけない人達にとっては脅威になる可能性もあります。フカヒレやマグロの値段はうんと上がって今みたいな値段では食べられなくなるかもしれません。また、人民元がこれから何割も値上がりすると、「中国の製品価格や労働コストは安価である」との前提で成立していた内外のビジネス・モデルは見直しを迫られる可能性もありそうです。中国産の安い野菜とか肉とかウナギなどに押されていた国内の農畜産業には朗報かもしれませんが、これまで安かったものがこれまでほど安くは無くなる可能性があるということになりますので、家計のやりくりには影響が及ぶかもしれません。

【目先の注目点は中国政府が許容する「人民元の値上がり速度」の見極め】
いずれにしろ、中国人民元の対ドル相場が再び動き始める可能性が出てきたことは、来週以降の為替市場でしばらく新鮮な話題を提供してくれることになりそうです。人民元の日々の上昇速度が市場に広く認知され、人民元の緩やかな値上がりが「日常の風景」になってしまえば市場を動かす材料としての鮮度は落ちていくと思われますが、少なくとも目先数週間から数カ月程度、市場参加者注目は「実際の人民元相場の値上がり速度」の見積もりに注がれることになりそうです。週明け以降、中国政府の要人発言、ドル人民元の直物、先物相場の動きなどに注目したいと思います。

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